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ヒエラルキーと心理哲学

趣味は心を豊かにしてくれます。
しかしそれは生命を脅かされていない者の特権であり道楽にすぎません。決して卑下しているわけではない、これ以上でも以下でもない事実です。

社会が形成されると自然とヒエラルキーが生まれ、トップにいる者のために下の者が働く、という構造ができるのです。





ヒエラルキーの上にいるから偉い・恵まれているのでしょうか?
ヒエラルキーの下にいるのはよくない・不幸なのでしょうか?

近いけどちがいます。

上にいる人は、全体を統率することができ、権力を持ちやすい人
下にいる人は、局所的な対応力に富む、権力を持ちにくい人


という、人それぞれの育った環境・性格・能力の向き不向きの問題、適材適所、役割なだけです。





ただしこの「育った環境(地域)」はかなり大きな要素で人により幸・不幸を大きく分ける部分になりますし、権力があるとないとでは物質的な豊かさも変わってくる傾向にあります。

日本はもちろん世界中の先進国と言われる国に暮らす人々は、人類のヒエラルキーの中央~上部に位置していることは間違いないでしょう。 住む場所や生活必需品に困る人はほとんどおらず、困る人がいてもNPO法人の方々が手助けしてくださったり、最悪困りに困ってもそこらで○○すれば刑務所で衣食住は完備されているので(※推奨しているわけではないです)なんだかんだいって監禁でもされないかぎり餓死することはないということは、やはり日本は物質的に豊かな国であると言えます。
日本国内で暮らしているかぎりいくら「底辺」だと言っても、世界的に見るとせいぜい中央値くらいなのではないでしょうか。





中央値ということは、ヒエラルキー的に下の階層の人々が存在するということです。

世の中には、相手を「自分より下」とみなしたとたんに物のように扱ってもいいのだと考える人が昔から存在しています。
しかし、それを庇うわけではありませんが仕方がない面もあったと言えます。
知識があり心に余裕がなければ相手を思いやることなんてできないのです。
現代の人々ほどには知識も心の余裕もない人が権力を持っていたから人類史はあの有様なんです。

というか今だって、自分の利益のために相手を陥れている状況って、よくニュースでも見ますしね。
一方的な蹂躙は復讐の種になるんですよ。





自分がヒエラルキー的にどの階層にいようとも、上の階層の人に対してだけでなく下の階層の人に対しても最大限の配慮をできるようにならなければ歴史は繰り返しますよ、というお話です。

私は、人類が新たなステージに行く歴史を見たいと思っています。





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